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2006年12月02日

演歌の吉野はる子が新曲発表 移籍作品第一弾

 十月二十一日、昼の部は二時、夜の部は午後七時より「吉野はる子新曲発表会」が志摩市志摩町和具のホテル・マリンサイド志摩・プロデュースホール夢島でニューセンチュリーレコード㈱より移籍作品第一弾として吉野はる子さんが「港帰りを待つ私」「海女の舟唄」の披露があり会場に入り切れないほど盛況であった。

 吉野はる子さんは平成元年、徳間ジャパンから「母娘船」「娘ごころ」でデューした。平成三年、日本クラウンに移籍し「面影の渚」「愛のかなしみ」を発売、デュー当時からパンチの効いた歌唱力は評価され女性演歌歌手として早くから注目を集めていた。

 そして今回、ニューセンチュリー㈱へ移籍第一号作品としての発表となった。お披露目の舞台となった志摩町和具のマリンサイド志摩の玄関や会場につながって多くの活花が贈られ、ステージーの両端にはニューセンチュリーレコード㈱と演歌歌手・松原のぶえ、鳥羽一郎、山川豊兄弟の活花も添えられていた。

 伊藤弘氏のあいさつ「吉野はる子さんのフアンの一人として応援しており、ヒットを飛ばしNHKの紅白歌合戦の出場を」とエールを贈った後に、ニューセンチュリーレコード㈱社長の音頭で乾杯、吉野はる子さんの前途を祝した。

 吉野はる子さんは和服姿で登壇、移籍第一号となった「港帰りを待つ私」で喉を披露したが、細身の体でありながらもパンチの効いた伸びのある声量感に聞く人々は驚きから賞賛の声となった。

 「港帰りを待つ私」「海女の舟唄」の作詞家・伊藤正司さんは志摩市大王町船越の地元の方と紹介された時、「えぇ、作詞家は志摩の人」との一種の驚きに似た雰囲気も醸しだしていた。

 吉野さんは新曲を歌い一度は退場したが二度目の登場では美空ひばりや小林幸子らの持ち歌でサービスに努めてくれたが、松原のぶえのヒット曲「演歌道」の熱唱は参席した人々への応援歌なら、吉野はる子さんも今後歩むだろう演歌のプロとして厳しい世界に飛び込む決意を込められているようであった。

 この日の吉野はる子さんは自分を信じ羽ばたく心意気が伝わってくるような新曲発表であり決意のお披露目式でもあった。吉野さんは、すでに北海道、九州、豊橋での日程は詰っており今後、益々の期待が高まっている。

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