志摩地域産業活性化懇談会の呼掛けで九月十五日、賢島宝生苑・華陽の間で野呂知事を囲む懇談会が開かれた。
正面中央のテーブルには野呂知事、左側には竹内千尋志摩市長、中嶋年規県議、高岡英史市議会議長、右側には山本教和県議、中嶋勉商工会長、右側のテーブルには志摩市議、左側のテーブルには県庁、志摩市の三役、市役所関係者、正面に向って提言発表者らズラリと県・志摩市の六十人の賢人?が顔を揃えた。野呂知事を囲み賢人らが集い志摩地域産業活性化の道筋は付けられた?が中央に並ぶ顔ぶれから因果は廻る風車の図式は面白い。
野呂知事を挟んで左に竹内志摩市長、右には山本教和県議である。鳥羽市の、し尿処理で県の仲介案を一蹴して面目を失った野呂知事、昭和六十二年の県議選で当時の野呂会を蹴って藤波会をバックに当選を果した山本教和県議とくれば、話も弾み楽しい?懇談会であろう。
正面右側の上座には副議長で野呂知事が代議士時代の秘書であった谷口覚市議も座る。野呂氏が四区からの出馬で秘書の職を辞めたが、別れ際に起きた感情的もつれから、疎遠となり没交渉の谷口覚副議長も座り心地は宜しくなかった?
最初は志摩地域産業活性化懇談会の出席にメンバーを最初は自民党の応援団だと断った野呂知事だが、来春の四月の知事選を控え支持拡大を狙っての出席したのであろうか?
健康不安から監査役を辞した橋爪豊氏も生まれ故郷の志摩市の疲弊を憂い志摩地域産業活性懇談会の立上げの原動力となって活躍している。橋爪豊氏は水面下での駆引きには、妙を見せるお方で一線を引くには惜しい?が監査役を辞したのは中嶋勉会長の跡目の会長に伊藤暉夫氏と決まり商工会長を継げない腹いせの監査役の辞任と陰口も囁かれるのは不徳の致す所であろう。
この活性化懇談会主催の野呂知事を囲む懇談会であったが多くの商工会員には通知もなく聞きつけた希望者を受けその後、三十人ほど出席したが凡人の出席は不要である?


