八月十五日の終戦記念日を間近に控え、昭和天皇の発言を記した当時の富田朝彦宮内庁長官のメモが大きな波紋を呼んでいる。
富田長官は昭和天皇との会話を日記や手帳に明細に記載していたが、昭和六十三年四月二十八日付の手帳に「A級が合祀され、その上 松岡,白取までもが」「松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と 松平は平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」
松岡、白取とは靖国神社に合祀されている十四人のA級戦犯の中の松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐伊大使と見られ二人はドイツ、イタリアとの三国同盟を推進、日本が米英との対立を深める上で重大な役割を果たし、松平とは終戦直後,宮内大臣を務めた松平慶民氏と長男の永芳氏(いずれも故人)で永芳氏は靖国神社が78年にA級戦犯合祀を行った当時の靖国神社の宮司を勤めていた。
昭和天皇は戦後、八回にわたり靖国神社参拝したが、昭和五十一年以降は参拝しておらず、その理由として「A級戦犯合祀」「政治問題の回避」の憶測は流れたが、富田宮内庁長官のメモによって「A級戦犯合祀」の不快感から靖国神社参拝の中止と判り自民党総裁選で改めてA級戦犯の分祀(別の神社に祀る)問題は浮上してくる。
小泉首相は昭和天皇の参拝中止に「私がどうこう言う問題ではない」と述べ自分の参拝には「それぞれの人の思い、心の問題で、強制するものでもない。誰でも自由だ」と今年の靖国神社参拝の可能性を強く示唆、小泉首相は総裁選での公約「八月十五日の参拝」も九月に退陣するから今年、靖国神社参拝を果たすのではないか?との見方は強くなった?昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示したことに中国や韓国は好意的な受け止めであるが、小泉首相の性格からして「参拝は個人の自由で心の問題だ」と昭和天皇の発言メモの影響を否定するが、靖国参拝問題は政治問題として自民党総裁選の争点となる。


