四月下旬、志摩市商工会の総代会が開かれ約百五十人の総代が出席して開かれた。今回の総代会で橋爪豊氏は監査を辞任したが最後の挨拶に立った橋爪豊氏は、去り際に当り奥志摩タイムスが四月号の5ページに記載した記事には立腹のご様子であった。
挨拶の中で橋爪豊監査は、総代会に出席していた高岡英史志摩市議会議長に「奥志摩タイムスの出鱈目な記事で高岡議長に迷惑をお掛けした」と謝り、それでも足りないとの思いから文書でも謝罪文を送っている。
橋爪豊監査の言う出鱈目な記事とは?恐らく四月号での5ページ約1ページを割いて「志摩地域産業活性化懇談会に異議、市の行政に対する圧力団体か?市議会をアホ扱いの組織か?」
下段の方では「志摩市議会は何故怒らぬ?議長は商工会に対して抗議し 毅然と対峙せよ」では、ないのかと推測している。いずれの論理でも夫々の言分は、あり主張もあるであろう。
商工会としては、志摩市の産業活性化を真剣に考え具体案の作成を生み出すための「志摩地域産業活性化懇談会」の設立であろうが市議十四人の選抜は公平公正で有ったであろうか?の疑問を呈したのである。
市議十四人の選抜した数字も微妙である。志摩市議会の定員は二十六人で、この十四人の内から議長を送り出しても過半数を制する議席数である。
極端に断じるなら「志摩地域産業活性化懇談会」は市政への圧力団体として君臨し懇談会で決定した事項は、市議会で過半数を制し可決する議席数故の反論であり、市議会の最高位である議長に対しての注文の記事であった。特に市議からの選抜は「本会の趣旨・目的に賛同した志摩市議会議員」とあり、あたかも参加しなかった十二人の市議は趣旨・目的に賛同しなかった反商工会派市議との烙印を押したような表現にも苦言を呈した。
昔から泥棒にも三分の理ありで、理屈は後から貨車が運んでくれる便利な言葉である。
橋爪豊氏は、港湾事業を創業、初代で現在の松和建設工業を仕上げた立身出世型の経営者で志摩市では著名人でもあるが、政治にも関心は強いのか?よく政界での工作を水面下で動くことのお好きな経営者である。
志摩市が、合併した当時、合併特例法の在任期間の延長で志摩郡五町の町議全て市議となり、市議七十五人の市議の中から、志摩市初代議長選の選挙となった際も某氏への投票を依頼に歩き良識ある市議の顰蹙(ひんしゅく)を買えば、議長に立候補した某氏も傍迷惑を掛け、市民からも市議会役員人事への介入であると批判を受けた。橋爪豊氏は、初代で志摩市でも有力?な企業に育てた手腕には評価は高いが、今回の商工会監査辞職は、今後の志摩市の地域産業の活性化に向け大局的な判断力による橋爪豊氏の決断を惜しむ声もあるが、志摩郡五町の商工会を合併に導き自らの潮時を感じての引退であろうか?
老雄は自らの役割を果たし?後は去り行く決心だろうか?それとも自分の思い通りに行かない不満から身を引くのか?その胸中は橋爪氏以外は、図り知れない。


