昨年十一月、大阪市浪速区のマンションで飲食店定員の姉妹が刺殺された事件で、強盗殺人や放火などの罪に問われた無職山地悠紀夫被告(26)の初公判が五月一日、大阪地裁で開かれ、検察側は、冒頭陳述で動機について山地被告が、十六歳の時、母親(当時50)を金属バットで撲殺したことに触れ「母親の悶え苦しむ姿にかってない興奮と快感が得られたことを思い出し、誰でもいいから人を殺し、再び同様の興奮と快感を得たいと考えた。相手が女性なら性的暴行を加え、生活費,逃走資金になるため金品を奪おうと決意した」と延べ、仕事から一足早く帰った姉を何回も刺している時に興奮はマックスになり勃起し、体液をトイレットペイパーで拭き取り一服しようとした所へ妹が、帰ってきたのでドアを開けるなり胸を突き刺し両足を掴んで奥の部屋へ引き入れた。
「私は妹の苦しんでいる表情を見てまた興奮してきた。人を殺しているという極度の興奮状態になってためか十分ちょっとで勃起したのです。途中、妹の手が邪魔になるのでナイフで切りつけました。二回目ということも有って、自分の性的興奮を増すために、妹の右頬(ほお)を左手に持っているナイフで突き刺しました」との山地被告の供述を読んだ人々は、鳥肌が弥立つ悪寒と共に鬼畜に等しい被告に極刑をの思いは共有であろう?
山地被告は十六歳で母親を殺害したが、家庭裁判所は検察に送らず刑事罰は科せられないで、中等少年院に送致されたが、僅か三年後,更生したと野に凶人を放つのであろうか。これでは被害者の家族は納まらない憤怒をどこに持ち込めば良いのか?
世情の機微を理解しない法を裁く人々は一言目には加害者の人権云々を論じるが、この凶人に人権も糞もあるのか。被害者の人権を後回しする司法は、おかしい。弁護側も冒頭陳述で山地被告の性的興奮を認めながら「被告は当時,心神耗弱状態だった」と刑事能力を全面的に打ち出して争う姿勢だが、五月十九日の公判でも検察側から「犯行を後悔しているか?」と尋ねられた山地被告は「いいえ」と否定、同じ状況であれば同じことをやると言うことか?」の問いに「はい」とうそぶく被告に人権の擁護の必要はあるのか。
大阪の姉妹殺害・放火ばかりではなく、岐阜県中津川市で高校一年生の男子Aが、交際していた中学二年生の女子生徒を廃墟となた元パチンコ店の三階で頭を殴り、パチンコ店の宣伝の幟で首を絞められ絞殺したが、殺意は女子中学生の放ったセックスの事で侮辱され逆上したというが、中学生のブログに日常の行為が残され唖然とさせられる。
和歌山県高野山の七十一才の写真店主殺害犯人も高校二年生の男子だが、遺体は頭部や顔面を数十ヶ所の打撲傷や刺し傷があり頭蓋骨折、鼻骨、肋骨などが折られ、使われた凶器は電気ポット,一升瓶で殴り、料理ハサミなど複数の凶器を使っての犯行であった。
堪え性はなく「イライラした」「ムカつく」と常識では、考えられない子供たちの犯罪を専門家は得たり顔で「家庭環境が悪い」だ「親との葛藤からくる断絶」と言うが、やりきれなく寂寥の風に日本の世の中は寒い。


