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2006年05月24日

自ら票を捨てる自民党 次々と落選者を切捨て 参院選への反発必至?

 来年夏の参院選に向けて自民党県連は立候補者を公募で決めたが定期大会は、荒れに荒れ執行部の指導力に疑問符は打たれた。

 参院三重選挙区は自民党王国で、平成十年の参院選に自民党の斉藤十朗氏の挑戦者は高橋千秋氏であった。

 この選挙では、高橋千秋氏は一敗地に塗れたが、二年後、平田耕一氏が、衆院への鞍替えで施行された参院補選で再度の出馬に対し自民党は、橋爪貴子氏を擁立したが、約三万票差で敗れ、一年後の参院選に捲土重来を期しての挑戦かと思われたが橋爪貴子氏は不出馬であった。

 この参院三重選挙区の補選での勝因を当時の北岡勝征連合三重会長は公明党の支持母体である創価学会の票の配分を「橋爪貴子の65%、高橋千秋に35%ぐらい」と語っていたが、その選挙で公明党が獲得した票は約12万票であった。

 当時の公明党県議会は非自民の「新政みえ」との連携で中央とのねじれ関係が、響いた感であった。

 橋爪貴子氏の出馬は投票二ヶ月前と言う慌しさでの出馬だけに善戦?の評価も自民党県連での総括で敗れた橋爪貴子氏への批判の噴出に橋爪氏は袂を別った?そして小泉内閣発足後初の国政選挙となった平成十三年の第十九回参院選は、七月二十九日に行われ、補選で勝利した高橋千秋氏に自民党は旧久居市長の藤岡和美氏であったが,約2万5千票差で討ち死にした。

 この選挙は小泉ブームに乗って自民党は65議席獲得、一人区は、自民党は25勝2敗と圧倒的な勝利で自民党が敗れた県は小沢王国の岩手県と三重県だけでブームの恩恵は受けなかったが、悪いのは藤岡候補で執行部の責任は口をつぐみ、ほっかぶりであった。その藤岡和美氏は今春、合併した津市の市議選へと都落ちした。

 一昨年の参院選で担ぎ出したのが、若くて県内最大の票田である四日市市選出の津田健児県議を擁立したが、民主党の芝博一氏に約10万票も引離されの大敗を喫した。

 この敗戦を契機に生まれたのが、公募制による候補者の選定であったが、雪辱を喫す津田支持派の津田氏推薦が出され、党県連の定期大会は、紛糾したが県連も小泉首相の冷血な非情さの適用?なのか公募制は執行部の責任逃れなのか?と評価は低いが、県連の推挙を受けて自民党は五月十七日、三重選挙区の小野崎耕平氏を公認発表した。

 三重選挙区は公募制を取入れ40人余の応募があり、表面上は公平公正さの表紙であるが、中身は最初に小野崎氏ありきではないのかの不信感は、支持層から聞えてくる。

 応募して落選させられた人々は、果たして自民党候補を心から支援してくれるかは疑問であろう。特に津田健児氏の地元である四日市市の獲得票は見物である。

 聖域なき構造改革と自民党を、ぶっ潰すと公言して、国民の喝采を浴びた小泉首相であるが、同時に従来、自民党の支持基盤である組織を壊滅へと導いた因果は地方に行けば行くほど白け、来夏の参院選の勝負は、一人区の多い地方での勝敗の帰すうで決るが、有権者に馴染みの薄い小野崎耕平氏では早くも勝負は有ったの感じである。

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