奥志摩タイムス01

Top >  2.志摩市 >  日本の三大不動尊大祭 志摩市御座「爪切不動尊」


2006年01月25日

日本の三大不動尊大祭 志摩市御座「爪切不動尊」

 空海弘法大師は貧しき志摩市志摩町御座の山村に辿り着き、モグラに苦しむ村人の難儀を救い、金比羅山の麓の深々と老樹が茂るこの地が、気に入られ百日間の護摩を焚き滝から落ちる水で身を清め祈祷された。満願の日、無人の山に入り,大地から生えている自然石に自らの爪を以って不動明王の御像を刻まれた。

 「吾、真言密教の真髄をこの不動明王に托せり、一心に称名する者は救われん、仏性の尊厳を永遠に伝えんため、固く秘仏とす開扉することなかれ」と爪切不動尊として絶対秘仏とされ、780年の長きに亘る古い歴史を刻みながら「御座の不動さん」として呼ばれ親しまれ近隣諸国から、大勢の信者によって支えられた歴史的な由緒ある御座の「爪切不動尊」であるが、今では訪れる人も少なく侘びを誘うような状況で,なんとも忍び難い思いである。

 空海弘法大師は、御座の不動尊を刻まれた後、千葉県成田市に成田不動尊を建立されたが、成田不動尊は、隆盛を極め兄貴分に当る志摩市志摩町御座の「爪切不動尊」は人々から忘れられようとしている時世に、御座の「爪切不動尊」を広くPRしながら清掃など手伝おうと昨年「爪切不動尊奉賛会」(森田聡会長)が、結成され一月十六日、「爪切不動尊大祭」が執り行われ奉賛会による地元の特産物が当るビンゴゲームや餅まきなどのイベントもあった。

 この爪切不動尊の境内は桜並木の直面に稲荷堂があり、石畳を降りると広場で、薬師堂と弘法井戸が、更に石畳を下ると管理人室と篭り堂があり、境内に踏み入ると浄場、真正面に本堂、右側には霊符堂、左には子守地蔵,勾配のきつい石段を登ると大師堂が祭られ、その裏側に室町時代の作品で30数個の梵字石が崖に刻まれている。

 志摩市の住民は、この貴重で歴史ある爪切不動尊の価値を知らなさ過ぎる感がする。春には桜のトンネルを潜り抜け、初夏には新芽の香り、夏の涼風は、心の癒しの風の居心地は別世界である。 

 芭蕉の句は人々の心に哀切を、空海弘法大師は真言密教の創始者であり、いろは歌づくりや冶水工事など数々の分野でも活躍し、その教えは智慧と慈悲に溢れ、悩み多き人々に力強く生きることを諭し、今、尚、「大師さま」と尊敬と親しみを込め人々の心の中で生き続けている。志摩市に、まだまだ歴史的な文化遺産は陽の目を見ずに埋もれている。戦後の頃でも爪切不動尊大祭には、郡内から大勢の参拝客で賑わいを見せ、出店が並び、相撲大会やのど自慢も行われ、昨今は昔日の面影はなく現世に生きる我々は、先人の残した歴史ある遺産を守り、後世に譲り渡してゆく責任もあり「爪切不動尊」を通じ真言密教を理解する事によって、空海大師の教えを学び、混迷する現代の心の支えにして欲しいものである。

 この歴史的な遺産である日本三大不動尊志摩町の御座の「爪切不動尊」を維持管理しながら清掃などを奉仕する若者たちが、不動尊奉賛会に立ち上ってくれた。若者の今後の活躍に期待したい。

奥志摩タイムス02

 <  前の記事 ライブドア時価総額で世界一の夢 堀江貴文社長も逮捕で吹っ飛び  |  トップページ  |  次の記事 鳥羽市「し尿処理配水管」 埋設は地域の合意を 県、広域連合に通達  > 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://okushima.org/x/mt/mt-tb.cgi/319

         


このページについて

このページは「奥志摩タイムス:三重県伊勢志摩の新聞」の記事のひとつです。

他にも多くの記事があります。トップページサイトマップもご覧ください。

奥志摩タイムス

Googleで検索
Google
Web検索 本紙を検索