伊勢市長選への口火は加藤光徳前伊勢市長が、切り九月に加藤氏に挑戦状を突き付ける形で挑戦した辻三千宣前二見町長であった。辻三千宣氏は戦略として、加藤光徳氏との一騎打ちを予想したのではないか?
関係者らの話を総合して推理を組み立てれば七月も過ぎる頃、辻氏は奥野英介小俣町長(当時)出馬要請したが、奥野英介氏は固辞したことから、伊勢市の将来を加藤光徳氏に託する不安が、大きな動機であった?
辻出馬となって九月下旬、加藤光徳氏は三ツ矢憲生衆院議員に支援を要請したが、昨年の参院選で自民の津田健児氏や民主党公認の芝博一参院議員の掛け持ち支援や九月の衆院選では、民主党議員を支援した事などから承諾は得られず、十月初旬、水谷光男元伊勢市長らも三ツ矢衆院議員に辻氏の支援要請も得られない状況であった。
この間、注目されたのは第三の候補の擁立であった。辻氏としては、中川正美県議らの出馬の可能性はあっても奥野英介氏の出馬は有り得ないとの認識ではなかったか?
奥野英介氏は、中川県議を市長に推挙の構えを見せながらも虎視眈々と伊勢市長の座を狙いの作戦ではなかったのか?と思われる。
伊勢市長選で中川正美県議が、市長選なら奥野英介氏の県議選の噂が流れる中で、中川県議は市長選への見送りが、確実視される状況から奥野支持者らを集め、奥野市長の段取りが始まった。そして勝手連に乞われて出馬する形を整え十月二十日、出馬表明であった。
そして短期戦への出陣は、三ツ矢憲生後援会を中心に進められ、奥野英介氏には自民党推薦、民主系は加藤光徳氏の推薦で、辻氏は大きな政党間のうねりに埋没して行く中で、有権者数十一万人の都市型選挙では、有権者の少ない二見町を基盤に出馬する辻氏の不利は否めず、後援会幹部の中からも「戦いに利は有らず」と出馬を辞退するよう進言するも辻氏は拒否した事から不協和音が漏れ出し、選挙事務所開きには約1000人近い人々も潮が引くように去り、出陣式には約300人程度であった。
辻氏の最大の誤算は奥野英介氏の野心を読めなかった事であろう。奥野氏は、平成十五年秋の衆院選で三ツ矢公認要請書を自民党県連に提出した四人の一人であるが、主役を果たしたのは、五区最大の票田伊勢市の水谷光男市長の存在感は大きかったが、この時、出馬に意欲を見せる中川正美県議の公認から引きずり下ろした責任?を果すの大義論を振りかざし、中川県議が出馬なら支援するポーズを取りながらも自らもチャンスを窺っていた。
それは二つの椅子の選別で中川県議が伊勢市長なら、伊勢選挙区からの県議選を睨みながらも本心は、伊勢市長選では、なかったのか?中川正美県議の伊勢市長選断念から、奥野英介氏の果敢な動きから見ても予定の行動の感じすら受ける。
本心を隠しながらチャンスを覗い、一瞬のチャンスを捉えた出馬表明には、老練さも伺えるが、辻三千宣氏にすれば、出馬しないと言う奥野英介氏の言質は恨めしい限りであろう。


