旧南島、南勢両町の合併に伴う南伊勢町長選は十一月十三日、投開票され、旧南島町長の稲葉輝喜氏(69)が、旧南勢町長の大田久幸氏(58)を約16、00票差をつけて初代南伊勢町長に当選した。当日の有権者数は1万5,234人、投票率は84・73%であった。
開票結果
稲葉輝喜7,197
太田久幸5,603
稲葉氏は、選挙期間中旧南島町長として四期13年間の経験、合併を推進させた実績を強調する傍ら、職員数の削減など行政のスリム化を訴え、出身地の南島での反稲葉陣営を最小限に押さえ、着実な票を固め太田氏の基盤である南勢町の切り崩しに成功させての勝利であった。
この南伊勢町長選を振り返れば、有権者数で約2千人多い南勢町での獲得数が、勝敗の決め手だけに用意周到に水面下での工作に強かな戦略もあった。
合併推進を掲げながら反対派のリコール騒動から、出直し選挙に出馬したが、敗れた川口米人氏や世古好弘元町長を陣営に引き込み不況に苦しむ建設業界には、合併特例債による公共事業への期待感を持たせ建設業界の推薦を獲得、沿岸部の宿田曾や南海地区を攻め込んだ戦略に太田陣営は、防禦を余儀なくされ、防ぎ切れなかった支持層の薄さが敗戦であった。旧南勢町と旧南島町の合併に伴う南伊勢町長選は十一月八日、告示され、旧南勢町長の太田久幸氏と旧南島町長の稲葉輝喜氏が立候補した。
稲葉候補は午前9時から敵陣の五ヶ所浦の後援会事務所の出陣式には、集まった支持者約200人を前に結束を呼びかけ藤田正美、森本繁史両県議や川口米人前、世古好弘元町長に十七人の町議も応援に駆けつけた。
同時刻、太田久幸候補も半年前の南勢町長選を戦った場所に選挙事務所を構え出陣式を開いた。支持者ら約250人ほど詰めかけ必勝を誓い合った。
南伊勢町の有権者は1万5、326人の内訳は旧南勢町は8,638人、旧南島町は6,688人で、旧南勢町は約2、000人多い事から、稲葉輝喜候補は南勢町への攻撃態勢を敷き、五ヶ所以外にも宿浦、迫間地区と三ヶ所も選挙事務所を設置し前、元町長経験者の川口米人、山本善昭、世古好弘氏ら三人の支持基盤の強いとされる宿田曾、穂原、南海地区に攻勢を掛ける攻めの選挙戦を打てば、太田久幸候補は、出身地の五ヶ所を拠点に宿田曾、穂原、南海地区の防禦態勢を敷き南島町で、反稲葉派で前回の南島町長選で僅少差で敗れた橋本剛匠氏らの支援を受けての攻防戦を展開したが、橋本剛匠氏らの動きは緩慢であった。
稲葉陣営は、建設業界、漁業関係者らを中心にした動員力は太田陣営を凌ぐも当選の必須条件は、南勢町での獲得数が勝敗の分岐点の選挙戦だけに、南勢町に重点を置く選挙戦が戦略なら動員力に劣る太田陣営は、有権者数で勝る南勢町民に地元候補への郷土心を訴え、政策的には、公共事業の縮小、借金をしない財政の健全化を中心の政策を訴えたが、先の南勢町長選で敗れた川口米人氏の地元の宿田曾では、逆に稲葉氏に大きく票を喰われ、南海地区でも侵略を許したのも支持層の薄さが悔やまれる町長選であった。
太田久幸氏が先行する形の出馬表明を稲葉輝喜氏は満を持し、綿密な戦略を立て反太田感情の残る川口米人氏を陣営に曳き付け、伊勢路、穂原、南海地区に影響力のある元町長の世古好弘氏を助役抜擢などが、流れる中で、味方につけるなど、用意周到の陣張りに成功させると共に合併特例債による公共事業の期待感から、業界をまとめ、三ツ矢憲生衆院議員の後援会、町議十七人の支援を受けるなどの総力戦で有権者数で勝る南勢町の切り崩す戦略は、太田氏の陣営より一枚も二枚も勝っていた。
川口支持者の太田氏への怨嗟、助役人事、公共事業への期待感と打算や利害を絡めた初代南伊勢町長選は終ったが、太田久幸氏は稲葉陣営の物量戦に惜しくも敗れたとの感じのする町長選だが、過疎化の進む南伊勢町の弱い財政基盤を、どのように立直すのか?建て直し策に具体性も無いが、今後は稲葉町長の手腕が問われる。
助役には選挙前から囁かれた世古好弘元、川口米人前町長を条例改正で助役に迎え、選挙協力の論功行賞で報いた。


