難問を抱えながら旧南勢町と旧南島町は十月一日、開庁式が旧町役場の南勢、南島の両庁舎で行われ南伊勢町の合併で、県内の市町村は46市町村となった。町長職務執行者に清水初吉南島助役は就任し「合併は行財政の効率を図り、両町の特性を生かし、役場と町民が協力し合い合併して、良かったと思える町づくりを進めたい」と式辞を述べ太田久幸旧南勢町長、稲葉輝喜旧南島町長、田岡光生南勢志摩県民局長らとテープカットして新町の門出を祝った。
今月八日告示、十三日投票の日程も決まり次の関心は、初代南伊勢町長は稲葉輝喜氏?太田久幸氏?の誰が当選するか?に移った。
開庁式後、稲葉旧南島町長は南島庁舎で記者会見し「合併を進めてきた責任者として新町を対立候補に任せられない」と太田幸久旧南勢町長を意識した対抗意識をむき出しの出馬表明を行った。
稲葉輝喜旧南島町長にすれば、昨年から進めてきた南勢町と南島町との合併問題が暗礁に乗り上げたのは、一月議会で合併関連法案を否決されたが、再度二月に開いた臨時議会で逆転、可決したが太田久幸町議(当時)ら合併反対派の議員五人と住民三十人で「南勢町の町づくりを考える会」を結成、川口米人町長解職のリコール運動に立ち上がり、有権者の三分の一を超える署名を集め第二ランドが開始された。
川口米人町長は「合併は事実上決まったことである。住民に信を問いたい」と出直し町長選となった。
当初、反対派はリコールの署名運動が目的も川口町長の抜き打ちの辞職に面食らい、合併反対派も複数の候補の中から、太田久幸町議(当時)を川口町長の対抗馬として擁立して短期決戦に挑んだ結果、太田久幸町議が現職の川口町長を破った。
太田町長は、公約に謳った南島町との合併の是非を問う住民投票条例を六月十五日、南勢町議会・市町村合併特別委員会に付託したが賛成5、反対8の反対多数で否決、翌日の町議会六月定例会に報告され、改めて採決したが、5対9の賛成少数で否決された。
出直し町長選への出馬の動機は合併反対を訴えながら、太田久幸町長は、就任後初の合併協議会で、合併を進めたいと語る事への矛盾?からくる不信感を稲葉輝喜旧南島町長の心に抱いているのではないか?
又、南勢町長選で太田町長は、南島町との合併反対や合併後の分町論議もあり、太田久幸旧南勢町長の政治姿勢を「理解出来ない」の発言となり「新町を対立候補に任せられない。私には合併を進めた責任もあり、選挙で決着をつけたい」と強い決意を漲らせた。
稲葉氏の言葉の節々の腹の内を読めば「我々が川口町長と苦労して、まとめた合併を崩す輩(やから)に新町の舵取りを任す訳にはいかない」となるのではないか?
七月議会で既に出馬表明している太田久幸町長に対し遅れながらも選挙になれば、勝てるの気概の宣言でもあろうか?
稲葉輝喜旧南島町長の南伊勢町長選への出馬表明によって、太田久幸旧南勢町長との一騎打ちとなった。


