今回の新伊勢市長選の裏を読むと奥野英介氏の巧妙な作戦がありそうである?市長選は、出ない素振りで出たいのが本心?ではと思われる節々がある。
平成十五年の総選挙では、三重5区は藤波孝生氏が引退表明、後継者に山本教和県議を指名したが、この藤波氏に反発したのが、中川正美県議の師匠格の田村元衆院議長で中川正美県議も国政への思いを馳せたことこら自民党県連は頭を痛めていた。
その頃には三ツ矢憲生氏も自民党の公認を得れるなら、国土交通省を辞職して国政への野望に胸を膨らませていたが、自民党県議の有力者二人も出ては調整は難航を極めようとしていたが、救世主は現れた。
当時の水谷光男伊勢市長、辻三千宣二見町長、奥野英介小俣町長に現在の市長職務代行を務める中北御薗村長ら四人が連名で自民党県連へ、三ツ矢憲生氏の公認を要請した事かが窮余の策で、自民党県連も渡り舟と三ツ矢公認に漕ぎ着けた。
奥野英介氏は、この時、三ツ矢氏公認要請で中川正美県議が、自民党公認を得られなかった事を踏まえ中川正美県議が、新伊勢市長へ鞍替えするなら、支援し自らは、合併で議席が一つ増える伊勢市から中川正美県議の後釜?を視野に入れながら尚、事態の動向を冷静に分析していたのではないか?
中川正美県議が、伊勢市長断念したことから三ツ矢憲生衆院議員や中川正美県議の説得に応じる形の出馬表明であろう。
加藤光徳伊勢市長が六月議会で、新伊勢市長選への出馬を表明した後、辻三千宣二見町長は,奥野英介氏に出馬を促したが,固辞したことから辻氏は自ら加藤市長への挑戦を決意したとも言う。
後だしジャンケンで出馬した奥野英介氏も十月二十九日、伊勢市竹ヶ鼻町で後援会事務所開き、中川正美県議や村田仙右衛門三ツ矢憲生後援会長らも集い奥野英介氏を激励した。
政党的には三ツ矢系の奥野英介氏、民主党系の加藤光徳氏、無派閥の辻三千宣氏と大きく分けられるが、支持者層は、何れも「ねじれ現象」を起こしており混戦模様である。
有権者数では伊勢市は約8万人少々、小俣町は約1万5千人、二見町は約7千5百人、御園町は、約7千百人と伊勢市を基盤にする加藤氏の優勢さは伝わるが、奥野陣営に中川正美県議や三ツ矢後援会長らの支援を受ける事から激戦となろう。
今回の伊勢市長選の奥野英介氏の出馬決意は、後指しジャンケンには、用意周到な計算が読み取れる。
平成十五年の衆院選での三ツ矢憲生氏の自民党公認要請の核は奥野英介氏ではなく、南勢地区の盟主である水谷光男伊勢市長の存在は大きかった筈であるが、中川県議への借りを返すと中川支援を訴えながら自らの出馬の好機を伺った感すらある。
市長選は十一月二十日、告示、二十七日の投開票に向って三候補の陣営は走り出した。有権者は約十一万人で激戦から投票率は70%以上期待され約七万七千票と推定され少なくとも三万票以上を目標の市長選になりそうである。


