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2005年10月12日

太田久幸南勢町長出馬表明 南島町長と一騎打ち?来月の南伊勢町長選

 この一年間、南勢町政局は揺り戻しは激しかった。端を発したのは南島町との合併問題で昨年十二月、町民のアンケート調査で回答率50%を切ったが、合併反対が、大勢を占めたにも関らず、川口米人町長は住民の意志を無視、翌月の一月中旬には南島町と合併調印式を済ませ一月二十一日には臨時議会を開き合併関連法案を提出するも賛成6、反対9で否決されたが,反対議員を説得?二月早々、再び合併関連法案を提出して今度は賛成9、反対6で可決した。

 この川口米人町長の強引な政治手法に合併反対派の六議員と住民三十人で「南勢町の町づくりを考える会」を結成、川口町長解職請求の証明書の交付を選管から受けリコールの書名運動に入った。
署名運動の出足は順調であったが、川口町長の出身地の宿田曾や「くまの灘漁協」の役員らの圧力もあり三月二十日頃には書名運動の動きも鈍り三分の一の2、905人の書名は難しいのではないか?の悲観論も期限の切れ間近の三月下旬には3、474人を突破最終的には650人余も越える署名は集まった。

四月二日、「南勢町の町づくりを考える会」は署名簿を選管に提出、選管は二十日以内に署名を審査を済ませ、七日間の縦覧を行い署名の正当性が認められた場合,六十日以内に川口米人町長の解職投票の手続きに入る予定であったが、川口町長は「合併は事実上決まっている。住民に信を問いたい」と辞職願を議長に提出、出直し町長選への出馬を述べた。この突如の町長辞職には「南勢町の町づくりを考える会」は泡を喰った。

 対抗馬の擁立で町長選までの余裕期間は一ヶ月しかなく、複数の候補の中から出馬を決めたのは、太田久幸町議であった。太田久幸氏には強力な後援会組織もなく反川口の風頼りの選挙であった。

 川口陣営には町内の有力者に加え「くまの灘漁協」の推薦を受け負ける筈の無い町長選との自負であったが、終盤から、川口町政の強引な政治手腕への反発で急速に反川口感情から巻き返し太田久幸氏は現職の川口町長を300票余で逆転勝ちした。当選した太田久幸町長の任期は南島町との合併までの僅か四ヶ月しかないことから焦点は、太田久幸町長が合併後の「南伊勢町」の初代町長選への出馬の有無であった。

 太田久幸氏の当選後も依然として、世古好弘元町長を擁立論が燻り、世古氏に新町の町長選への出馬要請は相次いだ。このような南勢町の状況を察する?ように太田久幸町長は九月七日の町議会で「町長選に出る予定である」と出馬への表明したことから、南勢町から二人の候補?かと憶測は流れてきた。

 当然、稲葉輝喜南島町長の出馬は当然視され、南勢町から太田、世古両氏の出馬なら断然、稲葉南島町長に有利とされるだけに南勢町の候補の一本化への調整は付くのか否かであろう?

 有権者の数では南勢町の方が約2000人多いが、南勢町が割れれば俄然、南島町の稲葉町長に利はあるが、稲葉町長も体調を崩し東京で入院したが退院し、初代南伊勢町長選への出馬を決意したようだ?太田久幸南勢町長の出馬表明を受けながらも、世古支持派は世古氏の擁立の動きを見せ分裂選挙を余儀なくされるだけに世古氏の町長選出馬への動向には目を離せない?。

 現状では南伊勢町長選への出馬を正式に表明しているのは太田南勢町長だけで、他の候補は誰も出馬表明していない事から、稲葉輝喜南島町長の出馬で一騎打ち?南勢町から世古元町長や反稲葉町長派の誰かを名乗りを上げてくるのか未知数で液状化現象も起きてくるだろう?

 南勢町は既に漁協組合が合併され、主導権を南島町側に握られた?との観念は強いだけに行政面でも主導権を奪われる懸念を抱き行政での主導権だけは南勢町?にの思いは含まれている。

 現状では、太田南勢町長対稲葉南島町長の一騎打ち?が有力視されているが、流動的な動きも隠されており状況によっては、複数の候補が入り乱れての乱戦?か町長選を控え候補者も絞られ、十一月に突入すれば一気に燃え上がってくる?

奥志摩タイムス02

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