第四十四回衆院選は終って見れば自民党単独過半数、自・公で三分の二を超える圧勝で幕を閉じた。この結果、国民は小泉大統領?の権限を与えたようだ。
三重5区では三ツ矢憲生氏は、厚い保守票と小泉劇場の呪縛から解ける事もない上に一選挙区に温存される創価学会の票も取り込み悠々再選を果した。
三重5区は自民党の三ツ矢憲生氏、民主党金子洋一、共産党の谷中三好氏の三候補で競われたが、事実上は三ツ矢対金子との一騎打ちだが、厚い保守票、小泉人気に加え学会票2万票以上の後援票に支えられ、民主党の金子氏に約3万3千票引離して再選を果たし金子氏は、望みをつないだ比例区での復活当選の夢を断たれた。
三ツ矢氏の勝因は厚い保守票に公明党の支持母体である創価学会に支えられての当選であった。
今回の総選挙は郵政民営化法案が参院で否決されたのを受け、小泉首相は、郵政民営化の賛否を国民に問うと言う図式で衆院解散に踏み切った。
郵政民営化法案に反対した前職を公認から外し、刺客を送りつけ小泉劇場の幕開けに国民は熱気に当てられ呪縛に掛かったように自民党候補に票は流れた。
三重5区の開票結果
三ツ矢117,768
金子 83,737
谷中 9,003
この数字を見る限り三ツ矢憲生氏の悠々たる再選と言えるが、中味を検討した場合は公明党支持層の創価学会に救済されたと言えよう。
公明党は小選挙区で自民党候補を219人推薦、190人が当選を果たし、公明党推薦候補の勝率は87%であった。
一選挙区に約3万票あるとされる公明党票だが、三重5区での公明党の比例区での獲得数は約2万6600票この内、公明票は三ツ矢氏の80%以上の票は流れたと推測され,約2万2000票が三ツ矢票を嵩上げした計算である。
金子洋一氏は、前回より1万2000票の上乗せの約8万4000票獲得したが、5区の保守基盤の厚さに加え,固い学会票、おまけに小泉人気で無党派層の取り込みに成功、投票率を大きく上げたのも敗れた因の一つであった?
惜しむらくは比例区での当選の望みを掛けたが、三ツ矢氏との惜敗率は71・10%で届かなかった。
逆に四区の森本哲生氏は当選した田村氏との惜敗率は85・30%で比例区で復活当選し命運を分けた。
三重県は、岡田克也民主党代表のご当地で三重県初の首相誕生の夢を乗せての選挙戦であったが、小泉首相の郵政民営化法案の賛成か否かと単純な政策論議に踊らされ、呪縛に掛かり、呪縛を解放すことなく票は自民党へと流れ,大敗を喫した岡田代表は辞任を余儀なくされた。
衆院選を振り返れるならば、自民党候補は公明党によって、小選挙区で三議席、比例で平田耕一氏の四つの議席を得たが、中でも公明党の恩恵を受けたのは一区の川崎二郎氏、四区の田村憲久氏、5区の三ツ矢憲生氏であった。川崎氏は民主党の中井氏の票差は約1万6500票だが、一区での公明党の比例区の票は約3万4600票で川崎二郎氏は約2万5千票は頂いたとも言われる?
四区の田村憲久氏と森本哲生氏の票差は約1万3000票で、公明党比例区の票は約1万6000票もあり川崎氏、田村氏、三ツ矢氏らは、公明党の支持母体である創価学会に足を向けて寝れない。
二区の小林正人氏も出馬を決意したの一ヶ月以内ながら約8万1000票獲得も小泉人気や無党派層の獲得も大きいが、公明党の支援が大きかったと言えるだろう?
川崎二郎氏は、かって創価学会批判を繰り返し学会員から「仏敵川崎」と攻撃されたが宗旨?変わりして謝罪前回の平成十五年の衆院選で、公明党の支持を得て今では蜜月関係である。
民主党の誤算は衆院選後半、政治に無関心と言われた勝ち組企業の代表格であるトヨタ自動車の奥田碩会長らが先頭に立ち小泉改革を支持した、お陰で民主党王国愛知県十五選挙区で九議席獲得したのも公明党・トヨタの動きによって一気に得票アップの威力を見せ付けた。
国民は小泉劇場の熱演に魂を奪われたように投票場に足を運び自民・公明党で三分の二を超える327議席を与え、小泉大統領?を誕生させた。これでは、自民党は名前だけであり事実上は小泉党である。
小泉首相の打ち出す政策を批判すれば抵抗勢力のレッテルを貼られ自民党の公認すら貰えないと物言えば唇寒しであろう?
国民は小泉首相の郵政民営化法案に賛成?反対?の選択で民営化賛成を選んだが、郵政民営化問題を最優先させたが、山積する難問題に白紙委任状を与えたのであろうか?
有権者も郵政民営化よりも少子高齢化と年金問題や国・地方が抱える一千兆円という莫大な借金,日中・日韓関係、北朝鮮の拉致問題の解決の見通しすら付けられず、次に国民は選挙後に重いツケを背負わされる。
郵政民営化賛成・反対の単純なメッセージに惑わされ自民党がマニフェスト120項目掲げたが、数値目標や期限は言わずじまいの圧勝だが、次は改革に痛みは、伴うとして増税やイラクへの自衛隊撤退もブッシュ大統領の言いなりで、外交は対米追随でイラクからの自衛隊の撤退の可能性は遠のいた。


