2月に中部国際空港の完成、3月には愛知万博開幕の人気から中部国際空港と津港を結ぶ海上ルートの就航以後の利用客は、当初の予想を遥かに越え約二倍である。
この盛況を横目に苛立っているのが下村松阪市長である。中部国際空港への海上アクセスは四日市、津、松阪、鳥羽の四ルートが、開設を目指したが、当時の北川正泰知事は01年10月津ルート一本に絞り松阪市、四日市市、鳥羽市に報告もせず国への整備予算を要望したことから、津ルートが最優先となった。
処が翌年の秋になって、津ルートの整備予算を要望していた事が発覚、松阪市は強く反発、当時の野呂昭彦松阪市長は、北川知事に直談判したが、北川知事に軽くあしらわれたが、県は松阪市の怒りを鎮める?意味から監査法人による採算性を実施した結果、松阪ルートに港湾計画の変更など四条件が付けられた。この条件を満たすため松阪市が準備に入ると近藤津市長は「中空や万博の追い風がある現在での実績評価だけでは将来の採算性まで分らない」と牽制球を投げ返した。
野呂昭彦知事は6月の記者会見で北川知事の決定を「公平,公正、透明性という観点から適正な対応ではなかった」と国、県、津市の密約?で津ルート一本に絞られた海上アクセスに又もや北川県政への不満を口にした。
中部国際空港への海上アクセスで最も重要な事は採算性であろう?7月初旬に県、津市、松阪市三者による会談が行われたが、津市、松阪市の意見は噛合わず溝の深まりだけが浮び上がってきた。
松阪市は「早急に開設を知事に判断してもらう」とボールを野呂知事に投げ返した。ここで注目されているのが、野呂知事の調整力と説得力の技量である?
意中としては、市長時代に松阪ルート外した北川知事に異論を挟み松阪ルートを認めるように追った経緯、地元松阪市への思い入れもあり、松阪港への海上アクセスを頭に入れての調整に乗り出す野呂昭彦知事だが、相反する主張の両市の仲裁役で、野呂知事に三者一両得の大岡裁きを期待したいが、どうか?


